「……もしもし」

それだけで、胸の奥が揺れた。
名乗る前から、心臓が速い。
言葉にしたら壊れてしまいそうで、数秒、黙ったままになる。
「大丈夫ですよ」
低く、静かな声。
急かさない。踏み込まない。
その間(ま)が、怖いのに、あたたかい。
「誰にも、言っていなくて」
自分の声が、遠い。
他人事みたいに震えている。
言葉を選びながら、でも本当は選びきれなくて、
ただ、こぼす。
「好きになってはいけない人なんです」

沈黙。
否定も、ため息もない。
その何もない時間に、心臓の音だけが響く。
ドク、ドク、と確かめるように。
「苦しいですね」
たったそれだけ。
正しいことも、間違っていることも、言われない。
未来も、因果も、まだ語られない。
それなのに、胸の奥がふっと緩む。
責められなかったことが、こんなにも救いになるなんて。
「やめたほうがいいって、わかってます」
「でも、連絡が来ると……嬉しくて」
最後の言葉は、小さく消えた。
聞こえたかどうかも、わからない。
「あなたは、悪い人になりたいわけじゃない」
その一文が、静かに落ちてくる。
重くもなく、軽くもなく、
ただ、そこに在る。
私は、息を吐いた。
長い、長い息だった。
どうしたいのか、
どうなるのか、
まだ何も決めていない。
それでも、
この声に触れているあいだだけ、
私は少しだけ、私に戻れる。

電話を切ると、部屋は同じ静けさ。
恋も現実も、何も変わらない。
けれど、
胸の奥のざわめきだけが、
ほんのわずか、波をやめている。
答えは出ていない。
終わってもいない。
ただ、今夜は、
少しだけ、静か。
真美じぶんを追いつめていると感じたら、息を吐く場所を作ろう。
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