五年後の話
シーン1

夜。
カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、白い壁を淡く照らしている。
スマホの画面には、既読のつかないメッセージ。
彼に送った最後のLINEが、青い世界に取り残されていた。
「もう、終わったんだよね」
声に出すと、部屋の空気が静まり返った。
時計の針の音だけが、やけに大きく響く。
彼は職場の人。
優しくて、仕事ができて、笑顔が眩しかった。
初めは、ただ尊敬していた。
でもいつの間にか、その人の話す声が、
私の一日の中でいちばんの楽しみになっていた。
それが、既婚者だと知ったのは、好きになってしまった後だった。
シーン2

「もう誰にも言えない」
そう思った瞬間から、心が沈んでいった。
眠れない夜が続き、食事も喉を通らない。
鏡の中の自分は、少しずつ“誰か”みたいにやつれていった。
そんなある夜、SNSの広告で見かけた言葉。
──“先生のおかげで、今があります。”
たったそれだけの一文に、なぜか心が止まった。
気づいたら、電話をかけていた。
シーン3

呼び出し音のあと、柔らかな声がした。
「こんばんは。どうされましたか?」
その声を聞いた瞬間、胸の奥がふっと緩んだ。
「誰にも言えないことがあるんです…」
震える声でそう言うと、先生はゆっくりと息を吸い、優しく笑ったような気がした。
「大丈夫。ここでは何を話してもいいのよ」
彼のことを話した。
好きになった経緯も、奥さんがいることも、
自分でも止められなかった気持ちも。
言葉にするたび、
ずっと抱えていた重たい石が、ひとつずつ外れていった。
シーン4

「彼とのご縁はね、悪いものじゃなかったの」
先生の声は穏やかだった。
「ただ、あなたを成長させるための“通過点”だっただけ」
私は息を呑んだ。
誰も責めない言葉が、こんなに優しいなんて。
「彼を愛せたあなたは素敵よ。
でも、次は“愛される側”を選んでいいの」
涙がこぼれた。
嗚咽が止まらなかった。
こんなにも誰かに理解してほしかったのだと、初めて気づいた。
「失恋があるからこそ、人生って素晴らしくなるのよ。
……ただし、五年後の話だけどね」
その一言に、私は小さく笑った。
泣きながら笑ったのは、いつ以来だろう。
シーン5

それからの日々。
少しずつ、部屋に光が戻ってきた。
朝、コーヒーを淹れる香りが心地いい。
通勤途中の空の色が、以前より少しだけ綺麗に見えた。
仕事も前ほど辛くなかった。
ふと彼の姿を見かけても、
心がざわつくことはなかった。
先生が言っていた。
「泣ききった人だけが、本当の優しさを知るの」
あの夜、確かに私の心は洗われたのだと思う。
涙で滲んだ世界が、少しずつ澄んでいった。
シーン6

あれから五年。
偶然、彼を街で見かけた。
隣には奥さんと子ども。
笑っていた。幸せそうだった。
胸が痛むかと思ったけれど、
不思議と何も感じなかった。
ただ、心のどこかでそっと呟いた。
「ありがとう」
あの恋がなかったら、私はここまで来られなかった。
ラストシーン

夜、机の上の小さな観葉植物に水をやる。
あの頃は、何かを育てる余裕なんてなかった。
今は、未来を育てていきたいと思える。
ふとスマホを手に取り、
先生との鑑定履歴を見つめる。
“先生のおかげで今があります”
あの言葉の意味が、やっとわかった気がした。
外は静かだ。
街の灯りが滲む窓の向こうで、
また新しい夜が始まっていく。
終

どんな結末を迎えるかはあなた次第です!
周りになんと言われようとも、前に進みたいならあなたが決めるしかないんです。
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