(夜。静かな部屋で、一人の女性がカップを手にしている。窓の外は春の雨。)

あの頃の私は、未来なんて信じられなかった。
泣いて、諦めて、それでもどこかで、誰かを待っていた。
スマホを握りしめて、返ってこないメッセージを何度も見つめていた。
――「あなたの未来、ちゃんと笑ってるわよ」
占い師の先生のその一言に、なぜか涙がこぼれた。
信じるなんて、簡単じゃなかった。
けれど、心のどこかが少しだけ温かくなったのを覚えている。
彼とは職場で出会った。
8歳年上で、笑うと目尻に皺が寄る人。
優しくて、頼りがいがあって、そして――妻がいる人だった。
それでも惹かれてしまった。
どうしても。

手を繋いでくれた夜。
「かわいいな」って頭を撫でてくれた瞬間。
世界が止まったように感じた。
でもその温もりのあとに、必ずやってくるのは冷たい現実。
彼には、帰る場所がある。
私じゃない誰かが、彼の「おかえり」を受け取っている。
そんな恋をして、何度も壊れそうになった。
「悪い恋をやめることも、女の強さなのよ」
先生のその言葉が、ずっと胸の奥で響いていた。
そしてある日、彼からの連絡が途絶えた。
きっと終わったんだと、頭ではわかっていた。
でも心が認めようとしなかった。
「嫌われたのかな」「忙しいだけだよね」
自分を誤魔化しながら、夜を何度も越えた。
それでも、時間は少しずつ私を前に押し出してくれた。
季節が変わるたびに、思い出も少しずつ色を薄めていった。
忘れるのではなく、静かに手放すように。

春の風が頬を撫でた朝、ふと鏡を見た。
そこには、少しだけ穏やかな笑顔の私がいた。
涙で腫らしていた目も、いつの間にか優しくなっていた。
「いい恋をすること」
「悪い恋をやめること」
先生が言っていた女性が綺麗になる方法。
私は、やっと後者を選べた気がした。
そして、ゆっくりと新しい日々が始まった。
新しい職場、新しい人間関係。
彼の面影を思い出すことはまだある。
でも、もう泣かない。
あの恋は、私を壊したけれど、同時に強くもしてくれた。
あの夜、泣きながら電話で先生に言った言葉を覚えている。
「もう、誰も好きになれそうにないです」
先生は優しく笑って、言った。
「それはね、まだ心の中に彼がいるからよ。
でも、その気持ちを否定しなくていいの。
恋をした自分を、少しずつ許してあげて」
――今なら、その意味がわかる。
夜風がカーテンを揺らす。
少し冷たい空気の中で、私はそっと目を閉じる。
あの頃よりも、ほんの少し強くなった気がする。
遅くなってしまいましたが、先生。
あなたが言った未来、ちゃんと叶いました。
涙をこらえて笑えるようになった私が、ここにいます。
これから先、また誰かを好きになる日が来るのかな。
もしその日が来たら、今度こそ「いい恋」をしたい。
ちゃんと、誰かに大切にされる恋を。
そして、ちゃんと自分も誰かを大切にできる恋を。
窓の外で雨がやんだ。
空が少しずつ明るくなっていく。
その光の中で、私は静かに微笑んだ。

――運命は、信じた瞬間に動き出すのかもしれない。
そんな気がして、また一歩、前へ踏み出した。
真美見捨てることなく、優しく包み込んでくれる存在が
今必要ではありませんか?



