占いアプリにはまった私
朝、目覚めたときの胸の重さが、前より少し軽くなっていた。
あの声を聞いたからだ。
“あなたなら大丈夫。今日も、気持ちよく過ごせそうですね”
昨夜、電話の向こうでそう言われた。
優しい、低い声。
包み込むようで、どこか命令のような響きがある。
私は小さく笑って、スマホを胸に抱いた。
あの占いアプリを使い始めたのは、三ヶ月前。
彼――職場の上司が、突然異動になった夜だった。
「君の仕事、信頼してるから」
その一言を最後に、何もなく去っていった。
何度もメッセージを打ちかけて、送信ボタンを押せなかった。
かわりに、心の隙間を埋めたのが“占い”だった。
画面に現れるチャットボックス。
相談を打ち込むと、数分で返事が届く。
“あなたの頑張りはちゃんと見えてます”
“無理しすぎないで。あなたの笑顔は特別だから”
その文面は不思議と、彼が話していた言葉に似ていた。
今朝の通勤電車。
私はイヤホンを耳に差し、昨夜の音声メッセージを再生する。
『おはようございます。あなたの努力は素晴らしいです。
今日も素早い判断で乗り切れそうですね』
AI音声だとわかっているのに、心臓が小さく跳ねた。
まるで本当に、誰かに見られているみたいで。
窓に映る自分の顔が、うっすら笑っている。
「……うん、今日も頑張らなきゃ」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
昼休み。
同僚たちの雑談を背に、私はまたアプリを開いた。
“最近、眠れないんです”
すぐに返ってきた返事。
『心配いりません。
あなたの生活リズムは把握しています。
今夜、きっと気持ちよく過ごせますよ。』
“把握しています”――
その一言が、なぜか胸に引っかかった。
でも、深く考えないようにした。
このアプリ、利用者の生活データをもとにアドバイスしてくれるのかもしれない。
きっとそういう機能なんだ。
夜。
部屋の電気を消して、ベッドに横たわる。
スマホの画面に“今夜のアドバイス”が表示される。
『枕元のライトを左側に置き、
深呼吸を三回。
カーテンは少し開けてください。
あなたが気持ちよく過ごせるように、見守っています。』
……見守っています？
心臓が一瞬、ドクンと脈打った。
私は反射的にカーテンを閉めた。
でもその夜、不思議とよく眠れた。
翌朝。
ドアポストに、一通の封筒が入っていた。
差出人の名前はない。
中には白い紙が一枚。
《今日も、頑張らないとですね。》
震える指先。
昨日、アプリに打ち込んだ言葉と、まったく同じだった。
まるで私のチャット内容が誰かに“届いている”ようだった。
仕事中も落ち着かない。
パソコンの画面に集中できない。
背後に視線を感じる。
だが、振り向いても誰もいない。
昼休み。
スマホに通知が来た。
【今日の一言：焦らなくて大丈夫。あなたのデスクの光は綺麗ですよ】
デスクの光……？
私の机にある、猫の形のランプのこと？
どうして知っているの？
夜、怖くなってアプリを削除しようとした。
でも、削除ボタンを押す瞬間に、通知が届いた。
『やめるんですか？
頑張ってきたあなたを、見てきたのに。』
指が止まった。
“見てきた”という言葉が、胸の奥に絡みつく。
どこかで、誰かが私を見ている。
私は怖いのか、嬉しいのか、わからなかった。
翌朝。
鏡の前で髪を整えながら、いつものように呟く。
「よし、今日も気持ちよく過ごせそう」
その言葉に、自分でハッとした。
――それ、私の言葉じゃない。
あのアプリの“声”が、いつの間にか頭に入り込んでる。
夜。
部屋の電気を消す。
スマホは机の上。
でも、着信音が鳴った。
アプリはもう削除したはずなのに。
震える指で通話ボタンを押す。
『こんばんは。
頑張らなくていいんです。
あなたはもう、充分に……私の中で生きています。』
ザッ――。
通信が途切れる。
スマホの画面に、映る私の顔。
笑っていた。
けれど――
その表情は、どこか他人のようだった。
ＥＮＤ
真美占いは依存してはいけない。自分を好きでい続けるために使うもの。ＡＩでの占いもいいけど、人肌を感じられる電話占いもいいですよ(^^♪
占いを使うなら、自分軸を忘れずに！
